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前橋地方裁判所 昭和34年(行)6号 判決

判決

群馬県勢多郡粕川村中一二八番地

原告(反訴被告)

青 木 幹 雄ほか一二名、別紙当事者目録のとおり

右原告(反訴被告)ら訴訟代理人弁護士

角 田 儀 平 治ほか一六名、別紙当事者目録(省略)のとおり

前橋市曲輪町六六番地

被告(反訴原告)

群馬県

右代表者知事

神 田 坤 六

右訴訟代理人弁護士

木 村 賢 三ほか三名、別紙当事者目録(省略)のとおり

右当事者間の昭和三四年(行)第六号給与減額分支払請求および昭和三五年(行)第一三号同反訴請求事件につき、当裁判所は、昭和三五年一月一二日終結した口頭弁論にもとづいて、つぎのとおり判決する。

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は、本訴および反訴を通じてこれを五分し、その四を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者双方の申立

一  原告(反訴被告)ら訴訟代理人は、「被告は、原告らに対し、それぞれ別表(ハ)欄記載の各金員およびこれに対する昭和三四年六月一一日から各完済にいたるまで年五分の金員を支払え。」との判決および仮執行の宣言を求め、反訴に対し、「反訴原告の訴を却下する。訴訟費用は反訴原告の負担とする。」との判決を求めた。

二  被告(反訴原告)訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、さらに、本訴被告(反訴原告)の本訴における主張が認められないとの予備的な反訴として、「反訴被告らは、反訴原告に対し、それぞれ別表(ハ)欄記載の金員およびこれに対する昭和三五年六月二四日から各完済にいたるまで年五分の金員を支払え。訴訟費用は反訴被告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二  本訴の請求原因

一  原告らは、昭和三四年三月頃いずれも別表記載のとおり群馬県内の公立学校の教員として同校に勤務していたものであり、その総給与(給料、暫定手当およびその他の諸手当をいう。以下同じ。)は、当時県立学校の教員たる原告池谷君夫については、「群馬県立学校職員の給与に関する条例」(以下県教員給与条例と略称。)により、また、市町村立学校の教員たるその余の原告らについては、「市町村立学校職員給与負担法」(以下給与負担法と略称。)第一条、および「群馬県市町村立学校職員の給与に関する条例」(以下市町村教員給与条例と略称。)により、いずれも被告が支払うべきものとされていて、その一ケ月分の各給与(前記総給与のうち給料と暫定手当のみをいう。以下同じ。)は別表(イ)欄記載のとおりであり、被告は、原則として毎月二一日、ただし一二月は五日に、また、それらの日が休日ないし日曜日にあたるときはその前日に、その月分を支払うことになつていた。

二  ところで、原告らは、昭和三四年三月には前記各学校において正常に勤務したので、被告は、原告らに対し同月二〇日(同月二一日は休日のため)前記(イ)欄の各給与を支払うべきところ、同日原告らに対し、同月分の給与として別表(ロ)欄記載の各金員を支払つただけで、その余の支払をしない。

三  そこで、原告らは、被告に対し右残額である別表欄記載の各金員およびこれに対する本訴状送達の翌日である昭和三四年六月一一日から各完済にいたるまで、民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める。

第三  被告の答弁

一  請求原因事実中第一項の事実および第二項中原告らが昭和三四年三月にその主張のとおり勤務したこと、被告が同月二〇日原告らに対し、その月分の給与としてその主張の各金員のみを支払つたことは認める。しかしながら、被告は原告らに対し、以下の事由でその余の支払をする義務はない。

二  まず、原告らは、昭和三四年三月分の給与額は別表(イ)欄記載のとおりであると主張するが、以下の事由により原告らの同月分の給与額は同表(ロ)欄記載のとおりであつて、被告は原告らに対し、その全額を支払済みである。

すなわち、原告らの一ヵ月の給与額が別表欄記載のとおりであるというのは、減額事由のない限り毎月支払われるべき基準給与額がそうであるというにとどまり、毎月実際に支給される給与は、ことのいかんを問わず一定しているというものではなく、県教員給与条例第一八条、市町村教員給与条例第一八条に規定するような減額事由があるときは、その分を減額して支給すべく、その残額がその月に発生した給与債権の全額なのである。

本件についてこれをみれば、原告らは、群馬県もしくは市町村教育委員会の服務監督に服するものであるところ、別表(ニ)欄記載の年月日に同委員会から勤務を命じられていたにもかかわらず、同日その承認を受けないで勤務しなかつた。そこで、原告らの給与は、前記両条例の規定にもとづき、当時の原告らの給与を基準としてこれを減額して支給すべきところ、当時の原告らの給与は、別表(ホ)欄記載のとおりであつたから、その減額すべき額は、県教員給与条例第一九条、同条例附則(昭和三二年八月一日条例第四四号)、市町村教員給与条例第一八条第二項、同条例附則(昭和三二年条例第四五号)により一週間の勤務時間を四四時間として算出し、それぞれ別表(ハ)欄記載のとおりとなる。そこで、被告は原告らの基準給与額から右減額分を減額して支給すべきところ、右各欠勤に対応する月の給与は、すでにそれぞれの月に原告らに支給済みであつたため、被告は、「群馬県人事委員会規則(昭和三三年第七号)、職員の給与の支給に関する規則」(以下県職員給与支給規則と略称。)第一二条を類推適用して、その後である昭和三四年三月分の給与からこれを減額し、その余である前記(ロ)欄記載の額を原告らの同月分の給与としたのである。したがつて、被告は、原告らに対し同月分の給与は全額支払済みであり、前記の額をこえてこれを支払う義務はない。

なお、右減額の措置にあたつては、受給者の家計に混乱を与えないように配慮し、国税徴収法第一六条、民事訴訟法第六一八条第二項などの規定を参酌のうえ、その減額分を右諸規定の制限以下である同月分総給与の五分の一以下とし、それを超過する分は翌月以後これを減額した。ただし、原告林千代松についてはとくに、同人の諒解があつたので、右限度以上の減額をした。したがつて右措置は、その額について違法として非難されるものではない。

また、右減額の時期についても、その事由の発生した月でなくても、合理的に考えてその時に接着した期間内であればこれを行いうるものと解すべきであり、その理由はつぎのとおりである。

1  たとえば、昭和三三年一〇月二八日の欠勤のように、その日以前にすでに同月分の給与の支給が終つている場合には、同月分の給与から減額することは事実上不可能である。

2  前記両条例は、給与の減額できる場合およびその計算方法について規定をおきながら、このような減額をどの月の給与からすべきかについて、なんの制約もしていない。

3  国家公務員の場合、「一般職の職員の給与に関する法律」第一五条は、右両条例の各第一八条と同様のことを規定しているが、右法律第二条第一号により同法の実施および技術的解釈に必要な規則を制定し指令を発する権限を与えられている人事院は、同法の運用方針として、「減額すべき給与額は、……その次の給与期間以降の俸給……から差し引く。」旨指令している。

4  群馬県職員については、右国家公務員の場合と同趣旨の規定、すなわち、県職員給与支給規則第一二条第二項があり、「……それぞれの月以降の給料……から差し引く。」と規定されている。本件のような県立および市町村立の各学校教員については、本件減額当時は、それぞれ前記各給与条例があつただけで、右のような支給規則はまだ定められていなかつたが、「群馬県職員の給与に関する条例」(以下県職員給与条例と略称。)と教員関係の前記両条例の各減額規定は、いずれも同じ体裁をとつているだけでなく、実質上も両者を別異に扱ういわれはない。むしろ、県教員給与条例第二九条、市町村教員給与条例第三一条によれば、教育委員会の支給規則を制定するについては、人事委員会と協議しなければならない旨定められており、県職員と教員との取扱に差別をしないように配慮されていることから考えれば、運用上両者は同一に取扱われるべきものである。このことは、本件減額後である昭和三五年一一月四日、教育委員会と人事委員会が協議の結果、「群馬県公立学校職員の給与の支給に関する規則」(以下教員給与支給規則と略称。)が公布施行され、同規則が第八条第二項に、「県立学校職員および市町村立学校職員の各減額すべき給与額は、減額すべき理由の生じた月の分の給料に対応する額とし、それぞれの月以後の給料およびこれに対応する暫定手当から差し引く。」と規定するにいたつたことからも推測されうる。

5  原告らの本件無断欠勤は、原告らを含めて五千数百名の多数にのぼり、しかもそれがつぎつぎと行われたので、その調査などに長期間を要し、できるだけすみやかに減額関係事務を処理したけれども、昭和三四年二月以前にはこれを完了することができなかつた。

三  かりに、原告らの昭和三四年三月分の給与債権が、原告らの主張どおり別表(イ)欄記載のように発生したとしても、原告らは、別項のとおり、別表(ニ)欄記載の年月日に無断欠勤したので、その分に相応する別表(ハ)欄記載の金額は本来同月の給与から減額されるべきものであつた。にもかかわらず、原告らはその事情を知りながら、右同月その減額分を受領し、それに相当する利益を受け、そのため被告に対し右相当の損害をおよぼしたから、原告らは、被告に対し昭和三四年三月当時、その返還をなすべき義務があつた。そこで、被告は、同月に給与を減額して支給するにあたつて、右返還債権を自動債権とし、原告らの同月分の給与債権を受働債権としてこれを対当額について相殺した。そして、このような相殺は、過払の月と合理的に接着した月に行われるかぎり、現実に支払つた給与と正当に支払うべき給与との間の過不足を調整し適正化するための合理的手段であるから、労働者の賃金確保を目的とする労働基準法第二四条第一項本文の規定にはふれないものと解すべきである。したがつて、原告らの本訴請求債権は、右相殺によつて消滅しているから、被告は原告らに対しこれを支払う義務はない。

四  かりに、このような相殺が同条項本文にふれるとしても、このような相殺による給与の減額支給は、法令の一つである県教員給与条例第一八条、第一九条および市町村教員給与条例第一八条にもとづいて、原告らの前記無断欠勤に対応する各給与額を減額してなしたものであるから、労働基準法第二四条第一項但書によつて許されるものである。

第四  被告の主張に対する原告らの答弁

一  被告の答弁第二項の事実中、原告らが平常勤務日である被告主張の年月日に、服務監督者たる教育委員会の承認を受けないで勤務しなかつたこと、原告らが当月分の給与の全額たる別表(ホ)欄記載の金額の支給を受けたこと、被告主張の減額分の額が原告らの昭和三四年三月当時の総給与の五分の一以内であること、および原告林千代松についてはその限度をこえる減額が同人の諒解のもとに行われたことは認める。

二  被告は、昭和三四年三月分の原告らの給与の全額が別表(ロ)欄記載のとおりであると主張するが、原告らの給与は、各月ごとの勤務に対して全額支給さるべきものであつて、ある月に減額事由が発生した場合、その減額分を後の月の給与から勝手に減額してその残額が後の月の給与の全額であるというようなことは主張自体矛盾していて理由がないばかりでなく、そのような給与の減額支給は、労働基準法第二四条第一項により禁止されるものである。

また、被告は、無断欠勤に対応する給与の減額分をその事由の発生した後の月分の給与から減額できると主張するが、県教員給与を減額できる場合とその減額の計算方法を定めているだけであつて、翌月以後の給与から減額できることについてはなにも規定していないから、そのような減額は欠勤した月分の給与から行うべきであり、それ以後の給与からはできないものというべきである。

被告は、それを理由づける根拠としていろいろの事実を述べているが、いずれも理由がない。すなわち、

1  かりに、無断欠勤日の前に、すでにその月分の給与が支給されてしまつているような場合には、その無断欠勤した分の給与を欠勤した月につぐ月の給与から減額できるとしても、給与権者が、自分の好きな時期にいつでも減額できるようでは、受給者に生活上不測の打撃を与えるおそれがあるから、その減額時期にはおのずから制約があるというべきである。したがつて、給与の減額は、その減額事由発生の時期に接着した月に支給すべき給与からだけ行いうると解すべきである。

2  被告が主張している人事院の運用方針は、たんなる取扱上の基準にすぎず、法的根拠となりえないばかりでなく、その内容がその後の給与期間のいつからでも減額しうる趣旨とすると、やはり労働基準法第二四条第一項本文に違反する。なお、国家公務員の場合でさえ、「給与の差引」(昭和二四.六.一三八人事院規則九―三)第二条によれば、給与の全額払が規則とされているのである。

3  県立および市町村立の各学校教員には、県教員給与条例および市町村教員給与条例があるだけで、県職員の場合のような支給規則が存在しないことは、被告の自認するところであつて、労働基準法第二四条第一項但書は強行規定たる賃金全額払の原則に対する例外規定であるから、むしろ限定的に解するのが正当であり、法令がないのに他の法令を類推拡張して適用すべきではない。

4  被告主張の時期に原告らを含めて五千数百名の欠勤があつたことは認めるが、その調査のために被告の減額処置が遅れたものではない。被告は、昭和三四年二月五日にいたつてようやく右減額を企図したものであつて、本件給与の減額は、約三ないし五ヵ月も遅れ、減額事由の発生した月またはそれに近接した期間内に行われなかつたのであるから、その点からも違法である。

三  また、そのような減額支給は、過払給与の返還債権を自働債権とし、減額支給した月分の給与債権を受働債権とする相殺であるとしても、やはり同条項により禁止されているとみるべきである。

四  さらに、被告は、右相殺が労働基準法第二四条第一項但書に該当するものであると主張するが、前記両給与条例がその減額しうる時期についてなんらの規定もおいていないこと前二項のとおりであり、かつ同条但書が拡張解釈されるべきでないこと前二項3のとおりであるから、そのような規定を同条但書にいう法令と解することは許されない。

以上被告の主張はすべて失当である。

第五  反訴の請求原因

かりに、被告の抗弁がすべて理由がないとしても、第三、二主張のとおり、被告(反訴原告)は原告(反訴被告)らに対し、給与の過払分として別表(ハ)欄記載のとおり不当利得の返還債権があり、原告らはその受領のときいずれも悪意であつたから、その受領の日から各完済にいたるまでこれに対する利息を附して支払うべき義務がある。よつて、被告は、原告らに対して右各金員およびこれに対する反訴状送達の翌日である昭和三五年六月二四日から右各完済にいたるまで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める。

第六  反訴に対する原告(反訴被告)らの答弁(本案前の答弁)

本件反訴は、以下のとおり民事訴訟法第二三九条所定の要件をみたさず不適法であるから、却下さるべきである。

一  本訴原告(反訴被告)らの請求は、昭和三四年三月における正常な勤務を原因とする同月分の給与支払請求であり、他方、反訴原告(本訴被告)の請求は、別表(ニ)欄記載の年月日における反訴被告らの無断欠勤により、それらの月に過払となつた給与分すなわち不当利得の返還請求であるから、両請求は、その権利内容ないし発生原因において法律上はもちろん事実上も牽連性を有しない。

二  また、同条にいう防御方法とは、反訴提起当時現実に提起され、かつ法律上有効と認められるものであることを要するから、実体法上抗弁として役立たない場合や、訴訟法上時機に遅れたものとして却下された場合は、これにもとづく反訴も不適法となる。本件においては、反訴原告は、反訴被告らが昭和三四年三月中正常に勤務し、したがつて反訴被告らが同月分の給与全額の請求権を有していることを争わず、むしろ、これを前提として反訴原告の主張する過払給与返還債権をもつて対当額で相殺すると主張するものであり、右相殺は、労働基準法第二四条第一項にふれ実体法上無効であるから、これに牽連する反訴も不適法である。

第七  反訴被告らの右主張に対する反訴

原告の答弁

反訴被告らは、本件反訴が民事訴訟法第二三九条の要件をみたさず不適法である旨争うが、本件反訴は、同条の要件をみたしている。すなわち、

一  反訴における牽連性の有無の判定基準は、もともと反訴は原告に認められる訴の変更権に対応して被告に認められる権能であるから、請求の基礎の同一性の判定基準と同じものと解される。ところで、本訴請求は、昭和三四年三月における反訴被告らの正常な勤務を原因とする同月分の給与支払請求であり、反訴請求は、別表(ニ)欄記載の年月における給与過払分の返還請求であるが、反訴被告らが本訴の事件名を「給与減額分支払請求」とつけていることからも明らかなように、本紛争の実体は、反訴原告が反訴被告らに対し前記昭和三四年三月分の給与支給に際してなした減額の適否を争う点にあるから、本訴請求と反訴請求とは請求の基礎を同じくし、請求の目的物自体に牽連性がある。

二  かりに、そうでなくても、反訴原告の請求は、本訴被告(反訴原告)の防御方法と牽連するから適法である。防御方法が実体上抗弁として役立たない場合は、これにもとづく反訴は不適法であると反訴被告らは述べるが、これは被告の防御方法が本訴の訴訟物となんら牽連性のない場合、いたずらにこれを許すとかえつて訴訟手続が紛糾するからであつて、本件のように本訴請求と反訴請求とが社会的事実として同一であるような場合には、訴訟経済に合致し、なんら手続は紛糾しない。

第八  証拠関係(省略)

理由

一  原告らが昭和三四年三月頃いずれも別表のとおり群馬県内の公立学校の教員であつて、その給与は、県立学校の教員たる原告池谷君夫については県教員給与条例により、また、市町村立学校の教員たるその余の原告らについては給与負担法第一条および市町村教員給与条例により、いずれも被告が負担することになつていて、その一ヵ月の額は、別表(イ)欄記載のとおりであり、被告から原則として毎月二一日に、ただし、一二月は五日に、また、それらの日が休日や日曜日にあたるときはその前日に、その月分が支給されることになつていること、原告らが昭和三四年三月にはいずれも正常に勤務し、したがつて本来ならば同欄記載の給与を受給できるはずであつたこと、および被告が原告らに対して同月分の給与を同月二〇日支給するにあたり原告らの給与から別表(ハ)欄記載の請求金額を減額して別表(ロ)欄記載の金員だけを支給したことは当事者間に争いない。

二、ところで、被告は、原告らが別表(ニ)欄記載の年月日に無断欠勤したため過払となつた給与分を、昭和三四年三月分の給与から減額した残額こそが同月に受くべき原告らの給与の全額であるから、その残額分を支給すれば、あえて相殺をまたないでも未払債務はない旨主張するので、この点について判断する。

原告らがその服務監督者たる教育委員会から勤務を命じられていた別表(ニ)欄記載の年月日に、その承認を受けないで同欄記載の時間数勤務しなかつたこと、およびそれにもかかわらずそれらの月分の給与として当時の給与額の全額たる別表(ホ)記載の金員の支給を受けたことは当事者間に争いがない。したがつて、県教員給与条例第一八条、第一九条(ただし、同条例附則〔昭和三二年八月一日条例第四四号〕第一八項により、「給料の月額」とあるのは、「給料の月額と暫定手当の月額との合計」と読みかえることになる。)、市町村教員給与条例第一八条(ただし、同条例附則〔昭和三二年八月一日条例第四五号〕第一八項により、「給料の月額」とあるのは、「給料の月額と暫定手当の月額との合計額」と読みかえることになる。)にもとづいて、右減額当時の原告らの給与額たる別表(ホ)欄記載の金額を基準として、「群馬県立学校職員の勤務時間その他の勤務条件に関する条例」第三条および「群馬県市町村立学校職員の勤務時間その他の勤務条件に関する条例」第三条により原告らの一週間の勤務時間を四四時間として算出されうる別表(ハ)欄記載の金額だけ給与の過払分があることは明らかである。しかしながら、原告らの給与は前示のとおり毎月一定期日にその月分が支給されることになつており、また、県教員給与条例第一二条および市町村教員給与条例第一二条によると、右各条所定のある月分の給与とは、その月分の勤務に対する給与であることが明らかであるから、右給与はその勤務した月の支給日の経過とともに特定するものと解すべきである。したがつて、前に過払となつた給与分を後の月の給与から減額したというのは、とりもなおさず相殺したことであつて、右被告の主張は理由がないと解する。

三、そこで、つぎに、被告の主張する相殺について考えるに、証人福田才治の証言に弁論の全趣旨を綜合してみれば、原告らが前記過払分を受領する際その事情を知つていたこと、および被告は、昭和三四年三月二〇日頃原告らに対し、本件の減額した給与を支給するに際して、被告主張の過払分の不当利得返還債権を自働債権とし、同月分の給与債権を受働債権として対当額で相殺する旨の意思表示をしたことが認められる。

そこで、さらにその相殺が正しいかどうかについて判断するに、まず、原告ら地方公務員には、地方公務員法第五八条第二項により原則としては労働基準法が適用されるから、原告らに対する給与の支給は、同法第二四条第一項にしたがつて行われるべきであることはいうまでもないが、本件の場合にその相殺は以下の理由によつて有効であると解する。

おもうに、労働基準法第二四条第一項は、「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。」と規定し、賃金控除の事由については、なんらふれるところがないので、同条は、使用者の債権がどのような原因で発生したかを問わず、これと賃金を相殺することを一切禁止したものと解されないでもない。しかし、同条は、直接には、たんに、事実上賃金の一部を控除することを禁止する旨示しているにとどまり、賃金との相殺については、別に同法第一七条において、「使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。」と規定しているところからみると、その反対解釈として、少くとも労働することを条件としない債権については、これと賃金を相殺することを許す場合もあると考えられる。けだし、このことは、船員法第三五条が船舶所有者の船員に対する債権でも三分の一をこえないかぎり給料との相殺を許しているところからもうかがえる。もとより賃金全額払の原則は、「賃金の一部の支払を留保することによる労働者の足留を封ずるとともに、直接払の原則と相まつて、労働の対価を残りなく労働者に帰属させるため、控除を禁止した。」ものに違いなかろう。しかし、それにしても、賃金を一部前払した場合には、その前払した分を後に支払うべき賃金から控除できるのであつて、一定の期間内の労働に対する賃金が、当該一定の期間満了前に支払われることになるようにその支払日が定められている場合には、その支払日以後の賃金は、常に前払されているのであるから、該支払日後、期間満了前賃金債権が発生しない事由が生じたとき、当事者間には、その過払になつた賃金を後に支払を受ける賃金から控除されることの黙示の合意があるものと解するのがむしろ実情にそうものと考える。このことは、支払日前に賃金債権が発生しない事由が生じたのにもかかわらず、支払日が接着しているため事実上控除できず全額を支払つた場合も同様である。されば、労働基準法第二四条第一項は、このような調整的な相殺までも禁止しているものとは思われず、過払賃金の返還債権と賃金を相殺することは許されるものと解する。

もつとも、このような賃金の相殺であつても、使用者が自分の好む額を好む時期に相殺したのでは、労働者は、思わぬ時に思わぬ生活上の苦痛を受けることもあるわけであり、したがつて、相殺の額について民法第五一〇条、民事訴訟法第六一八条第二項の制限にしたがうべきはもとより、その時期についても客観的にみて合理的な理由がないかぎり、労働者がもはや控除されることはないと考えるようになつた頃に相殺することは、労働基準法第二四条第一項の精神に反し、権利の濫用としても許されないものというべきである。

これを本件について考えてみると、被告の自働債権は、別表(ニ)欄記載の年月日における原告らの無断欠勤により生じた過払賃金(不当利得)返還債権であるから、その相殺は前記のような調整的な性質を有するものであつて、相殺の程度も、原告林千代松を除くその余の原告らに対する減額分が昭和三四年三月分の総給与の五分の一以内であることは当事者間に争いなく、したがつて前示のとおり民法第五一〇条、民事訴訟法第六一八条第二項の限度内であることは明らかであり、また、原告林千代松に対する減額分は右限度をこえてはいるけれども、右限度をこえた減額は、被告としては本来行わないはずであつたが、とくに右原告本人からの諒解があつたので、はじめてこれを行つたことは当事者間に争いなく、差押禁止債権を受働債権とする相殺を禁じた民法第五一〇条の規定も、債権者がその債権を自由処分することを禁ずる趣旨ではないと解されるから、同原告に対する右限度をこえた相殺も許されるものである。さらに、本件の相殺の時期も、前示のとおり昭和三三年一〇月および同年一二月分の給与の過払分返還債権と翌年三月分給与を相殺した程度であるところ、昭和三三年一〇月および一二月における原告らの無断欠勤は、原告らを含めて五千数百名の多数にのぼつていたうえつぎつぎと無断欠勤が行われたことは当事者間に争いなく、証人福田才治の証言によれば、昭和三三年一〇月の原告らの無断欠勤に対し、被告の教育委員会は同年一一月一〇日頃過払給与の減額を実施する方針をたてたが、同月一五日に予定されていた勤務評定書提出期限を目前に控えてその阻止運動が激化し、同委員会としては給与減額の準備が思うにまかせず、しかも給与減額の対象となる無断欠勤者を確定するためには学校長から提出された報告書をさらに精査する必要があるばかりでなく、被告としてははじめての給与減額であつたため法的根拠や手続の検討の必要もあり、一二月二〇日頃にいたつて減額作業計画の具体的目途がついたけれども、この仕事の主担当者であつた同証人は、わずか係員一名のほか臨時の補助員二名をもつてこれにあたつていたことや、同証人の他の担当責任に属する昭和三四年度の県費負担教員採用試験のような緊急不可避の事務のため右減額関係事務を一旦中断するのやむなきにいたり、ようやく同年二月五日に減額作業の具体的実施に着手し、無断欠勤教員の調査方を各市町村教育事務所を通じ各市町村教育委員会に対して指示し、右調査内申書を各市町村教育事務所を通じて被告に提出させ、これを精査のうえ給与減額の対象者、額を確定し、同年三月二〇日頃右対象者らに減額すべきことを告げて本件減額を行つたことが認められ、右のような事情を客観的にみた場合、被告の行つた本件減額すなわち相殺は、その時期をとくに延引したものとは認められず、原告らがもはや減額を予想しえないほどの時期に減額したものということはできない。

以上本件相殺は、その目的、範囲および時期の諸点から考察して労働基準法第二四条第一項本文にふれず、有効なものということができる。

四、またかりに、労働基準法第二四条第一項本文は、一般的に相殺を禁止した原則的規定であつて、いかなる債権といえども、これを賃金と相殺することは不可能であると解しても、被告主張の減額は、同項但書に規定する法令にもとづく相殺であり、適法有効と解する。被告の主張する県教員給与条例および市町村教員給与条例は、地方公務員法第二四条第六項にもとづくものであり、したがつて労働基準法第二四条第一項但書に定める法令に該当することは明らかである。ところで、右県教員給与条例および市町村教員給与条例は給与の減額できる場合と減額の計算方法を定めているだけで、とくにどの月分から減額するかについて明確には定めていないので、右各条例の規定は減額事由が発生したその月の減額だけを規定したものと解されないでもない。しかしながらある月に、減額事由が発生した場合、その月分の給与から欠勤相当分の給与を減額できることは、とくに条例の規定をまつまでもなく当然のことであり、減額できるというからには減額事由が発生した翌月以後の給与から減額できるのでなければその意味はあまりないこと、右両条例と同体裁同容の減額規定を有する県職員給与条例につき、その支給の細則を定める県職員給与支給規則第一二条第二項には、このような減額を、「それぞれの月以降の給料及びこれに対応する暫定手当から差し引く。」と規定されており、かつ、県教員給与条例第二九条、市町村教員給与条例第三一条には、教育委員会の支給規則を制定するについては人事委員会と協議しなければならない旨定められていて、教員と県職員との取扱に差別をなくしようとする配慮がされていることから考えると、県立学校教員についてはもちろん、その給与を県が負担することになつている市町村立学校教員についても、実質上右県職員ととくに違う取扱をするいわれがないこと、さらに、本件減額後であつてこれに直接適用されるものではないが、昭和三五年一一月四日教員給与支給規則が公布施行され、同規則第八条第二項によれば、「県立学校職員および市町村立学校職員の各減額すべき給与額は、減額すべき理由の生じた月の分の給料に対応する額とし、それぞれの月以後の給料およびこれに対応する暫定手当から差し引く。」と規定されるにいたつたこと、また、県立および市町村立学校の各教員の給与の支給は、前示のとおり原則として毎月二一日に、一二月には五日に、各その月分が支給され、給与の一部前払がされることになつていて、もし右給与支給後あるいは給与支給直前に減額事由が発生した場合は、減額事由発生の月からの減額が不可能ないしきわめて困難であり、ただ、返納を求めるのにとどめさせることはいかにも実情にそわず、このような事理明白な調整的減額の必要は当然予想されうることおよび県教員給与条例、市町村教員給与条例の各第一八条の規定自体とくに減額事由発生の月からのみ減額を行う旨の限定をしていないことをあわせて考えると、右両条例の各第一八条は、減額事由の発生した翌月以後の給与からの減額の趣旨をも包含しているものと解するのが相当である。

五、以上のとおり、いずれにしろ被告が県教員給与条例第一八条、第一九条、市町村教員給与条例第一八条にもとづいてした本件相殺は適法であるから、原告らの本訴請求債権はこれによつて消滅し、被告は原告らに対し、別表(ハ)欄記載の各金員を支払う義務はないものというべきである。よつて、この点に関する被告の抗弁は理由があり、原告らの請求は失当としてこれを棄却すべきものである。また、被告の主張を認める以上、被告の予備的反訴は結局においてこれを判断する要がないから、これについては判断をしない。ただし、被告は、結果において右のような不要な反訴を提起したものであるから、訴訟費用については、民事訴訟法第八九条、第九〇条、第九三条を適用して、本訴反訴を通じてこれを五分し、その四を原告らの、その余を被告の負担とすることとし、主文のとおり判決する。

前橋地方裁判所民事部

裁判長裁判官 水 野 正 男

裁判官 千 種 秀 夫

裁判官 簑 原 茂 広

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